ボルソナロ大統領が誕生した背景

新型コロナウイルスの感染拡大による、感染者数と死亡者数の急増が、深刻な状況となっている南米のブラジルで「ブラジル版トランプ」とか「トロピカルトランプ」などと、メディアで揶揄されているボルソナロですが、彼が大統領に就任できたのには理由があります。

汚職による国民の不満

ボルソナロ大統領が就任する以前のブラジルでは、2003年から2016年までのあいだは左派政党である「労働者党」が政権の座についていましたが、数々の汚職問題や経済の低迷、そして治安の悪化などを招いていました。

2016年からは、ブラジル初の女性大統領であったルセフ元大統領が汚職問題によって罷免された影響をうけて、当時、保守派とされ副大統領だったテメル氏が大統領となりましたが、汚職問題を招き支持率は2%にまで落ち込んでいました。

そしてブラジル国民は、政権交代を含んだ劇的な変化を求めるようになり、汚職問題とは無縁と考えられたボルソナロが、大統領候補に急浮上してきたのです。

急浮上したボルソナロ

ボルソナロは、平凡な家庭の生まれで、軍人としては大尉まで昇進したのちに、1989年から政界入りしましたが、少数政党を渡り歩くだけの政治家でした。
軍人上がりで極右思想をもち、リオデジャネイロ州選出の連邦議会議員として7期27年つとめていますので、議員としてのキャリアは長いのですが、この期間に成立させた法案は2回だけです。

こうした結果、世間や議会では、極端な右翼思想を掲げて吠えているだけの議員とみなされていたのですが、2014年からはSNSを活用し、政権批判や極右思想をぶちまけていくことで、メディアからも色々な意味でとりあげられ、ブラジルの保守政党を支持している層を中心に人気と注目を集めていきます。

ボルソナロ大統領が誕生

ブラジル人の一般的な考え方では、政治家に聖人君主像などは求めていませんので「多少の汚職や不正は、大統領であっても仕事さえキッチリしてくれるなら致し方ない」というものです。
しかし、ボルソナロ政権前の「ルセフ政権」や「テメル政権」は、大きく報道されたこともあり、普段は政治とカネの問題に寛容なブラジル国民からも完全に見放されていました。

そして、2018年におこなわれたブラジル大統領選挙で、ボルソナロが勝利するのですが、ボルソナロを支持した多くの市民は、彼が極右思想の持ち主であることも、人種や性への差別主義者であることも、政治家として期間が長いだけで実績のない元軍人であることも、承知の上で投票しています。

それぐらい当時のブラジルでは、政治とカネに対する問題や、それにたいして何の改善もしない政府、そして、治安悪化や景気悪化への不満が溜まっていたのです。

ボルソナロに投票した層には、いくつかのタイプがありました。
①汚職問題を起こしたことがなく、警察組織の待遇改善に取り組むボルソナロに、健全な治安の改善を期待した中流家庭以上の者たち
②保守政党の支持層や極右思想の者たち
③長期にわたって政権を維持していた労働党へ愛想を尽かせ、対立候補のアダジを拒否した者たち

このように、いくつかの要因が重なり、追い風となったおかげで、ボルソナロ大統領は誕生したのです。

ボルソナロ大統領の主張や発言

アマゾン森林火災

NASA(米航空宇宙局)によると、2019年に入ってからアマゾンでは、森林火災の件数が急増していました。
そして、国際舞台では欧州の指導者たちや環境保護グループなどから、ボルソナロ政権が「放牧地を獲得するために、農家などに森林に火をつけることを推奨した」ことへの批判が続出し、G7はアマゾンでの火災支援として約23億円で合意し、ブラジル政府に支援金を申し出ました。

しかしボルソナロは、この支援金の受け取りを拒否し、フランスのマクロン大統領にたいしては「世界遺産の教会で予想できた火事さえ防ぐことができないのに、我が国に消化の仕方を教えたいだって?」という皮肉たっぷりの発言をし、G7や欧州の対応を「植民地主義的思想だ」とか「内政干渉だ」と批判しています。

そして、アマゾンの先住民の居住区には、金や銅などの地下資源が大量に眠っていることから、ボルソナロは「我が国の左派政権はこれまで先住民に対して甘かった。部族の歴史や文化がどうだ、生存権がどうだと甘っちょろいことを言っているから、経済が発展しないんだ。彼らは公営住宅に入れて、駐車場から作ってしまえ」というように発言しています。

こうした外国や先住民にたいする過激な発言は、国内でウケがよかったため、ボルソナロの発言後に実施された世論調査での支持率はアップしていました。

新型コロナウイルス

2020年5月18日の時点で、ブラジルでの新型コロナウイルスの感染者は22万人を超え、死者は1万5千人に迫っています。
それでもボルソナロは、新型コロナウイルスについて「国民への脅威はない」と主張していますし、これに異を唱える者がいれば、相手がジャーナリストでも国会議員でも、あるいは閣僚でも関係なく攻撃し、罷免などをおこなっています。

日本では自治体が活動自粛など呼びかけ、世界でも対応に追われていた、2020年3月24日には、ブラジル国内での感染があまり広がっていなかったことからなのか「新型コロナは、軽めのインフルエンザか、ただの風邪程度だ」という発言をしています。

そして、ブラジル国内で感染者が急増しはじめた、2020年4月28日には「残念なことだが、私にどうしろと言うのか?」と発言し、5月5日には、何の改善もみられていないにも関わらず「最悪の事態は終わった」と述べています。

こうしたボルソナロの何もしない対応に、しびれを切らした州知事などの自治体が、独自に商業施設などへ営業停止を命じ、市民への外出自粛要請をおこなっていたところ、ボルソナロは「州知事たちと真剣に戦わなければならない。これは戦争だ」と述べ、外出自粛を批判しています。
こうした状況に、世界でも凶悪だとされているブラジルのギャングが、銃とマイクをもって市内を見回り、市民にたいして「命が惜しければ活動自粛をしろ」と呼び掛けています。

さらにボルソナロ政権では、新型コロナウイルス問題が拡大していくなかで、医学にもとづく進言をし、医師経験のある者が担当していた保健相が1ヶ月に2回も交代しており、新しい保健相には元軍人を起用しています。

そして、ブラジルでの感染拡大は、ついに医療施設が都心とは、比較にならないほど整っていない、アマゾンの先住民居住区域にも広がりはじめていますし、ブラジルはこれから冬に入りますので、感染症が流行しやすい季節を迎えることになります。

こうした状況に、ブラジルメディアも危機を訴えてはいますが、そのたびにボルソナロは、強い言葉を使って批判的なデータによる報道を「フェイクニュース」と一蹴していますし、こうした姿勢を支持する国民も50%ほどいるそうですよ。

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