中国が新たな領有権を主張

2020年6月上旬におこなわれた「地球環境ファシリティー(途上国の環境保護を支援する国際基金)」でのテレビ会議で、ブータンが助成を申請した同国東部「サクテン野生生物保護区」にたいし、中国代表が「その保護区は中国とブータンの国境画定協議で議題になっている紛争地域だ」として、異議を訴えました。

この中国代表の突然の主張に、他のアジア諸国の代表者たちは驚き「保護区はブータン固有の領土。過去に中国側が領有権を主張したことはない」と反論したのですが、それ以降中国は、ヒマラヤの小国ブータン東部の領有権を主張し始めます。

ブータンを守るインド

中国とブータンには国交がありません。
そして両国の国境を決めるために、1984年以降24回も「国境画定協議」を両国の代表者同士でおこなっていますが、未だ国境画定にはいたっていません。

ブータンは、精神面の豊かさを調査した「国民総幸福量(GNH)」で有名な国であり、ブータンの国勢調査(質問の仕方に物議を醸した調査の仕方)によりますと、国民の97%が「幸福」と答えたとされています。
そして軍事力では、世界最弱といわれているため、インドと協定を結んでブータンはインド軍を招き入れています。

これは、ブータンがインドにとって「軍事的重要地域」となっているためで、2017年、中国がブータンとの国境画定協議において協議中の地域で、道路建設をおこなった際には、ブータンの安全保障を担うインド軍が阻止するために動きました。
この時は、1ヶ月以上にわたって中国とインドの両国が、お互いに兵力を増強しながら、にらみ合いを続けていました。

インドと中国の対立

インドは、非共産圏の国のなかで世界で2番目に、中国共産党が率いる「中華人民共和国」を承認した国ですので、もともとは友好的な関係を築いていたのですが、1956年に「チベット動乱」が起き、ダライ・ラマ14世のチベット亡命政府がインドに亡命したため、この友好関係は崩壊することになります。

そこからは、カシミール地方(インド、中国、パキスタンの3国が領有権を主張している地域)や、インド北東部で両国の激しい戦闘がおこなわれましたが、中国の人民解放軍が圧勝します。
この時の紛争では、1950年代後半から表面化していた中ソ対立の影響で、ソビエトはインドを支援しています。
そして、インドとパキスタンとの争い(印パ戦争)では、中国がパキスタンを支援していましたので、中ソ対立の影響を受けた構図ともなっており、こうしたことはインドが核兵器開発をはじめるきっかけにもなりました。

その後、両国は、国境付近において小競り合いみたいなことはありましたが、大きな戦闘に発展することはなくなり、2003年には、当時のインド首相が中国を訪問し、中国がシッキム(インド北東部の州)をインドの領土と承認する代わりに、インドがチベットを中国領と承認することで、江沢民国家主席と合意しました。

そして両国は、国境問題を一旦棚上げして、経済協力路線に舵を切っていき、2013年にはシン前首相が訪中して習近平国家主席と会談し、「信頼醸成措置(偶発的な軍事衝突を防ぐとともに、国家間の信頼を醸成するとの見地から、軍事情報の公開や一定の軍事行動の規制、軍事交流などを進める努力)」を盛り込んだ「国境防衛協力協定」に署名したのです。

中印国境紛争で45年ぶりの死者

2020年6月15日に、インド兵と中国兵がヒマラヤの国境で石の投げ合いとなり、インド兵20名が死亡したとインド軍が発表しました(噂では中国の兵士も3名死亡したといわれていますが真偽は不明です)。

さらにインド軍の発表では、鉄パイプやクギが打ちこまれたこん棒などで、非武装のインド軍兵士が、中国兵に襲われ、撲殺されたとしています。
この衝突が発生する少し前に中国は、「エンボ・ファイトクラブ(総合格闘技のクラブ)」のメンバーを軍部隊に配備しており、中国側が計画性をもっておこなったのではないかとの疑念が生まれました。
※この地域は、中印の信頼醸成措置に基づいた協定により、銃火器や爆発物の持ち込みが禁止されています。

今回の協定の隙間を突いた行為(協定にこん棒は含まれていなかった為)に、インド政府は怒りモディ首相は「歴史は拡張主義勢力の敗北や後退を目撃している。全世界が不正行為に反対をしているのだ」という中国批判を匂わす演説をおこないました。

これにインド国民も賛同し、インド全土で中国製品のボイコット運動や反中運動が勃発しています。
そしてインド政府は、中国企業との取引を一時停止させ、中国企業の道路工事事業への参入を禁止し、「TikTok」などを含む、中国のアプリ59個を使用禁止とする措置をとりました。

しかし、インドにとって中国は、一番の輸入先であり、2019年のインドと中国の貿易総額は10兆円以上にまでのぼるため、インド政府としては中国や自国民に「中国にたいして怒っている」姿勢は見せましたが、これ以上の事態が悪化することは望んでません。
その証拠にアメリカの情報関係者が「インド側はアメリカ側に対し、インドとパキスタンの領土問題と同じく、この中国との国境問題にも口出しをしないよう強く要求している」と述べています。

中国側からしてもインドは、重要な輸出国であるため、これ以上の関係悪化は望んでおらず、7月5日には両国が境界線沿いの衝突地点から完全に撤退し、「中印の境界地域での段階的な縮小」を保証することで合意したと述べています。
そして中国側の代表者である王毅外相が、中国政府は「境界地域での平和を維持すると同時に、自国の領土的主権を守っていく」と語っています。

しかし、インド紙「ヒンドゥスタン・タイムズ」は、「中国はインドに対して別の攻撃を仕掛けている」と指摘し、「DDos攻撃(大量のデータを送ることで負荷を与える攻撃)」をインドの情報系ウェブサイトや金融機関の支払いシステムに実施していると報じました。
さらに「政府のウェブサイトやATMマシンなど、様々なターゲットが攻撃されている。攻撃は四川省成都(中国政府系ハッカーの拠点の一つ)から行われていると追跡されている。ここ2日間は中国からのサイバー攻撃が突出して多い」と報じています。

このように、表面上は事態の沈静化を図っていますが、水面下で中国は色々と仕掛けているようです。
2020年7月14日の時点で、インドは、新型コロナの問題や、大量発生しているバッタの問題などを抱えていますし、中国は水害がとんでもないことになっていますので、両国共にこの問題がこれ以上発展することは望んでないと思われます。

しかし、過去の大戦も「予期せぬ事件(サラエボ事件)」や、「拡張主義(ポーランド侵攻)」をきっかけに起こっていますので、現場の統制をしっかりしてもらい、とんでもない事態に発展することだけは避けて頂きたいものです。

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