「香港国家安全維持法」というチャイナリスク

中国を相手にビジネスや投資をおこなう場合、「チャイナリスク(いわゆるカントリーリスク)」と呼ばれる複数の懸念すべき問題(経済崩壊、軍事的脅威、社会動乱)が想定されます。
これを簡単にいいますと、「中国が持つ様々な矛盾や不均衡」のことを指し、具体的には、共産党一党独裁による政治の腐敗や不透明性、所得格差、知的財産権の侵害やコピー商品の氾濫などが挙げられます。

こういったリスクは、中国だけに限ったものではありません。
中東やアフリカでは、政権転覆などのクーデターや戦争などのリスクが考えられますし、反日デモがよく発生する国家では、日本企業や日本製品にたいする不買運動などが起こったりします。

今回、中華人民共和国の最高国家権力機関「全国人民代表大会(全人代)」の常設機関香港である「全人代常務委員会」の場で、全会一致で可決・成立し、香港の憲法にあたる「香港基本法」の付属文書に追加され、施行された「香港国家安全維持法案」は、チャイナリスクの最たるものの一つといえます。

この法案によって弁護士や法律の専門家たちからは、「香港の法制度を根本的に変えるだろう」という指摘がされています。
なぜなら、今まで香港に適用されていた「一国二制度」の政治制度が事実上失われ、中国本土の法制度が適用される可能性が出てきたためです。

「香港国家安全維持法」の罰則

香港国家安全維持法案は、中国共産党政府が香港への支配力を強めるために施行されたもので、香港のどの法律よりも優先して適用されることになっており、新設された「国家安全維持公署」のもつ権限は、香港警察よりも上になっています。

そして最も恐ろしいのが、違反とされる規定があいまいにされている点です。

有罪判決をうけた場合は、最低でも3年以上(日本でよく耳にする以下という規定ではありません)の懲役となり、最高刑では終身刑と定められているのですが、この裁判の一部は非公式でおこなうそうです。
また、この法案では、海外に住む外国人も対象と定められており、イギリスの国営放送局であるBBCは、海外で香港の民主運動を支持している人々へ注意を呼びかけ、特に中国と「犯罪人引渡し条約」を結んでいる国の人には、中国批判を避けるべきだという警告をおこなっています。

そして中国と「犯罪人引渡し条約」を結んでいる国家は、世界に約50ヵ国あり、フランス、イタリア、タイ、韓国などがあります。
2020年7月3日にカナダのトルドー首相は、中国が香港国家安全維持法を施行したことを受け、カナダと香港との「犯罪人引渡し条約」を停止すると発表しました。
ちなみにですが、日本が「犯罪人引渡し条約」を結んでいる国は、アメリカと韓国の2ヵ国だけです。

「香港国家安全維持法」の内容

2020年6月30日に成立し、同日の23時より施行された「中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法(香港国家安全維持法)」では、香港に治安維持機関を新設し、反中的な言動や過激な抗議活動の取り締まりを強めようとしているのですが、これには理由があります。

7月1日に香港では、イギリスから中国に返還されたことを祝う行事である返還記念式典がおこなわれています。
この行事には、香港政府トップの行政長官や政府高官が出席するのはもちろん、中国共産党の幹部も出席するのですが、過去にはこの日を狙って大規模デモが開催された歴史があり、中国政府からすれば、大恥をかかされた経験と同時に危機感も植え付けられていました。

そうした経緯もあり、新型コロナウイルスの影響などでデモや集会がおこなわれていなかった隙をついて、成立させ施行した「香港国家安全維持法」の中身で注目すべき内容はといいますと、

①香港の独立を主張することは違法となりました。

②中国共産党への批判は違法となりました。

③欧米諸国に支援を求める動きは違法となりました。

④集会の自由は制限されました。

これら4点が重要項目となっており、これらに違反してるかどうかの判断は、新設された「国家安全維持公署」の裁量で決まり(特定の事案にのみ行使すると、明記されていますが、何が特定の事案なのかは明記されていないため、いくらでも拡大解釈か可能となっています)、そしてよくわからない裁判にかけられて、厳しい罰則が与えられてしまいます。

こうした状況ですので、学生が中心となっていた多くの団体が解散を宣言しましたが、どうしても納得できず7月1日に、デモや抗議活動をおこなった人々のうち、370人が逮捕され、そのうちの10人は、前日に施行された「香港国家安全維持法」によるものでした。

各国の対応や非難声明

イギリス政府は、香港を返還するまで現地で発行していた滞在許可証(1997年に香港が中国に返還されるまでイギリスが現地で発行していたもので、イギリスに6か月滞在できる許可証)を持つ人が、イギリスに5年間滞在できるようにし、将来的に市民権を取得する道をひらくと発表しました。

イギリス外務省によりますと、現在、滞在許可証を持っている香港市民はおよそ35万人で、取得する資格のある人を合わせると、対象はおよそ290万人になるということですが、ジョンソン首相は、この対象者も含めて最大で300万人にイギリスへ移住する権利を与える考えを示しました。

こうしたことについてイギリスのラーブ外相は、7月1日の議会で「イギリスは香港から目をそらすことはないし、香港の人々に対する歴史的な責任から逃れることもない」と述べました。

アメリカのポンペオ国務長官は、「中国共産党の決定は、香港の自治を破壊し、一国二制度を一国一制度に変えた」と中国を非難する声明をだしました。

また、米下院は1日、中国による「香港国家安全維持法」の施行を受け、香港の自治侵害に関して制裁を科す「香港自治法案」を全会一致で可決しました。
この法案は「香港の民主化デモの取り締まりに当たる中国当局者と取り引きする銀行に罰則を与える」というもので、すでに上院でも可決されており、トランプ米大統領が署名すると成立することになります。

カナダは、香港への渡航情報を更新して「国家安全保障上の理由から、恣意的な拘束のリスクが高まり、中国大陸へ引き渡される可能性がある」と変更しましたし、オーストラリアも何かしらの対応を議会で検討するとのことです。

しかし、もちろん全ての国が反対や非難をしているわけではなく、スイスのジュネーブで6月30日に開催された「第44回国連人権理事会」では、53カ国を代表してキューバが「香港国家安全維持法案」を歓迎しました。
このなかで「主権国家の内政への不干渉は、国連憲章でうたわれている重要な原則だ」と語り、「我々はすべての国に、立法を通じて自国の安全保障を守る権利があると信じており、その目的のために取られた必要な措置を称賛する」という発表をしています。

さいごに

日本は「香港国家安全維持法案」の施行をうけて、茂木外相が遺憾の意を表明し、河野防衛相が「習近平国家主席の国賓来日に影響を及ぼす」という批判をしています。

確かに民主主義国家の人道的な視点から見れば、移民の受け入れや、中国共産党の強権発動への非難も理解できますが、内政干渉と言われれば「確かにそうだ」とも思えます。

1997年7月1日に、香港の主権がイギリスから中華人民共和国へ返還され、2047年までの50年間は「一国二制度」という政治制度を適用することが約束されたのですが、2047年にいきなりガラッと切り替えるなんてことが可能なのでしょうか。
中国政府の肩を持つわけではありませんが、普通に考えると徐々に移行していかなければ、2047年に中国共産党の体制下に組み込むなんてことは不可能のように思えます。

残酷な言い方ですが、人というのは「生まれる国」も「生まれる時期」も「生まれた家庭の経済状況」なども選べないわけですから、ある程度は許容しながら生きていかなければならないのかもしれません。
しかし、それでもどうしても「状況を変えたい、大切なものを守りたい」というのであれば、相当の決意と覚悟をもって挑まなければならないでしょう。

私個人としては、過去の事例からみても移民のなかには、少なからず過激派という運動家が混ざってくるものですから、治安悪化を招きかねない香港市民の移民受け入れには反対ですが、西側諸国と同調して中国の傍若無人ぶりを止めることには賛成です。

最近では、尖閣諸島への攻勢を中国が強めてきていますので、これに歯止めをかけるためにも、圧倒的な軍事力をもつアメリカと足並みを揃えておくのは重要なことです。
アメリカが本気で中国と貿易戦争をしてるなら、それに日本も参加して中国に追い打ちをかけるのもいいかもしれません。
知的財産権やら、国家安全保障やら、新型コロナでも何でもいいので、可能な限りの口実を集め、中国の輸出品に関税をかけまくり、ファーウェイなどの標的企業に狙いをさだめて、取引停止の包囲網をしき、最終的に殴り合いで勝つのが目的のため、殴り返されるのはがまんして耐える。
そして中国が「参りました」と言うまでは、何があっても手をゆるめずにやれば、「その後の世界」では日本もいいポストにつけるかもしれませんね。

戦いに敗れた国や、戦いに参加しなかった国が、ルールを決める側に立てることは、まあないでしょうからね。

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