中国への返還

香港は、正式名称を「中華人民共和国香港特別行政区」といい、マカオとともに、中華人民共和国本国とは異なる行政機関が設置されていて、外交や防衛以外の高度な自治が許されている「特別行政区」です。

1842年、アヘン戦争の結果、イギリスと清のあいだで締結された「南京条約」によって、香港はイギリスに割譲されていましたが、1997年7月に、イギリスから中華人民共和国に返還されました。

返還についての取り決めは、1984年の「中英連合声明」で、イギリスのマーガレット・サッチャー首相と、中国の国務院総理趙紫陽が共同で「中国は一国二制度をもとに、中国の社会主義を香港で実施せず、香港の資本主義の制度は50年間維持される」という声明を発表しました。

そして、この声明から13年後の1997年に香港は、50年間の一国二制度という約束のもとで、約150年ぶりに、イギリスから中華人民共和国に返還されたのです。
ちなみにこの返還時に香港でおこなったアンケートによると「一国二制度を信じますか?」の問いにたいして、信じてるが64%、信じていないが18.7%でした。

返還前後には、ミドルクラスを中心とした一部の香港人は、共産党の一党独裁国家である中国と、一緒になるのを嫌がり、カナダ、オーストラリア、シンガポールなどに移住しています。

2003年「国家安全条例」反対デモ

香港の政治行政のトップに相当する「行政長官」は、少し選挙の仕組みがややこしいのですが、基本的には中国共産党の意向が強く反映される仕組みになっています。
2002年に、当時の行政長官は、SARSへの対応についての批判が高まっていたこともあり、「国家安全条例(いわゆる治安維持法)」の制定作業にとりかかりました。
そして、この条例の制定作業の進捗状況や内容が明るみになってきたことで、香港市民から批判の声があがるようになっていきました。

2003年7月1日、香港では、中国の温家宝首相らを迎えて、中国への返還6周年記念式典が開催されました。
この式典では、当時の新型肺炎(SARS)への勝利が強調されましたが、なんとこの日に、香港市民は50万人が参加した大規模なデモ行進を決行しました。

この大規模なデモは、香港行政と中国共産党に衝撃を与えました。
そして、親中国派「自由党」の党首は、北京の共産党本部に「国家安全条例」の制定を、急いでいないことを確認し、採決を見送りました。
その後、当時の行政長官は、記者会見を開き「国家安全条例草案」の全面撤回を発表したのです。

2012年「国民教育(愛国教育)」への抗議活動

2012年に香港当局は、翌年から6歳以上の子どもを対象に、中国国民としての愛国心を育成する「国民教育」の導入すると発表しました。
当局側は、あくまでも国民の誇りと中国への帰属意識を養うのが目的だと強調しましたが、教材は34ページで、中国共産党による一党独裁体制を称賛する内容が目立ち、粉ミルク汚染問題など否定的な出来事を扱う一方で、民主化運動が弾圧された1989年の天安門事件については触れていないほか、米国の政治制度については「社会混乱を生じさせた」と批判していました。

これにたいして香港市民は、学生の団体が中心となってデモやハンストなどの抗議活動を数か月にわたって展開していきます。
この「国民教育反対運動」は、いつのまにか「洗脳教育反対運動」となって、抗議活動が拡大していき世界の注目を集めだしたため、当時の行政長官は、中国人としての愛国心を養う教科の必修化を撤回すると表明しました。

2014年「雨傘運動」

これは「2017年香港特別行政区行政長官選挙」の方式をめぐっておこなわれたデモ活動ですが、イギリスのメディアなどでは「Umbrella Revolution(雨傘革命)」と報じていました。

当時の香港では、次回の2017年行政長官選挙からは、2007年に中国の最高権力機関である「全人代」の決定によって、1人1票の「普通選挙」が導入される予定となっていたのですが、2014年8月に全人代の常設機関である「全国人民代表大会常務委員会」は、民主派の立候補者を実質的に排除できる新しい選挙方式を発表したのです。

これにたいして香港の民主化団体や学生が、ボイコットや秩序ある街の占拠を中心とした抗議活動をはじめます。
デモ活動は、行政長官の辞任要求などに発展していき、拡大していくなかで、警察は催涙ガス類などを多用してきました。
これらから身を守るために、雨傘で耐えたことが「雨傘運動」という名前の由来です。

そしてデモ参加者は、傘・ゴーグル・マスク・ポンチョなどを持参して身を守りながら、香港中心部を9月28日から12月15日までの79日間にわたって占拠しましたが、長い路上生活で学生たちは疲弊し、生活に支障をきたすとして市民の反発も強まってきたところに、警察が強硬な姿勢をとり強制排除させられました。

2019年「香港民主化デモ」

2014年の民主化を求めた雨傘運動後の、2016年には、中国共産党に批判的な本を扱っていた香港の書店の関係者が相次いで失踪したあと、中国当局に拘束されていたことが判明します。
これにより、高度な自治が認められている一国二制度を無視して、連行されたのではないかという懸念が一気に強まっていき、自由や人権が骨抜きにされているという怒りや不満が溜まっていっていました。

そういった背景のもとで、香港の議会に提出されたのが「逃亡犯条例改正案」でした。

香港の林鄭月娥行政長官は「法の抜け穴をふさぐため」必要な措置だと強調しました。
一例として、2018年2月、香港人の男が台湾で恋人を殺害し、逮捕される前に香港に戻った事件をとりあげ「香港政府は、犯罪人引き渡し協定がない台湾への身柄移送ができないことを理由に・・」というような事態を解消するためにも条例改正が必要だと主張しました。

これに対して条例反対派は、香港政府は引き渡し対象となる犯罪を限定はしているものの、実質的に香港市民も中国当局の取り締まり対象になる恐れがあり、香港の根幹をなす「一国二制度」が揺らぐことで、世界の経済・金融センターとしての地位の低下も招くと主張しました。

このように、学生中心のデモ活動が大きく報じられていましたが、香港政府や中国に反発したのは、民主派だけでなく、経済界も反発していました。
今回のデモが、長期にわたって続いたのは、市民や企業関係者なども賛同し、本当に多くの人たちが反対した為であり「自分たちが中国に連れていかれたら大変だ」という、自由を奪われることへの恐怖心や危機感からきています。

そしてデモ参加者は「5大要求」を掲げて、抗議活動を展開していきました。
「5大要求」とは、①逃亡犯条例改正案の完全撤回、②普通選挙の実現、③独立調査委員会の設置、④逮捕されたデモ参加者の逮捕取り下げ、⑤民主化デモを暴動とした認定の取り消し、というもので、一部ではここに「警察組織の解体」も加えられています。
そして「五大要求」の一つである「逃亡犯条例改正案の完全撤回」は、香港政府に受け入れられましたが、他の4つに関しては応じていないため、デモ参加者は引き続き、他4つの要求の達成を求めています。

このデモの特徴の一つとして、参加者は、自身の身を守るために様々な方法で匿名性を確保しています。
参加者は、中国当局、香港政府、香港警察からの逮捕や弾圧をかわすために、スマホの位置情報を無効化し、ICチップ入りカードを使用せず、マスク、ヘルメットやレーザーポインターなどを使うことで、人工知能(AI)の顔認識システムによる個人特定と、警察による催涙ガスやゴム弾からの防御をしています。

もう一つの特徴としては「雨傘運動」の失敗から、明確なリーダーや組織が存在してないということです。
これは、リーダーが逮捕されたり、意見の対立で内紛が発生し、組織や運動が崩壊することが無いようにするためだと言われていて、平和的な行進を行う多数の「和理非派」と、警察と衝突し破壊行為を行う少数の「勇武派」に分かれていますが、思想や手法が異なる相手でも批判はせず、互いに干渉しないことが暗黙のルールとなっているそうです。

そして、アメリカやカナダ、台湾などがデモへの支持を明確に表明し、多くの海外メディアも香港に注目していたことから、中国本国や香港政府もあまり強権を発動できず、膠着状態に陥っていたのですが、新型コロナウイルスが発生したことにより、多数の人が集まる民主化要求デモの中止が相次ぎました。

しかし今度は、新型コロナウイルスに関連した抗議活動が発生しており、それにデモ隊に参加していた若者の一部が加わっているものとみられ、その一部は過激化していて、中国との境界封鎖を主張し、境界付近の施設や病院などで小型爆弾による爆発事件が発生しました。

香港政府は、2020年3月27日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、3月29日より2週間、公共の場所で5人以上が集まることを禁止すると発表し、これにより事実上、抗議集会やデモの実施は不可能となりました。

そして2020年4月9日には、一審で違反と認定された、デモ参加者にマスク着用を禁じた「覆面禁止法」が一部合憲とされ、10日には、オンライン上での抗議集会に使用されていた、任天堂の「あつまれ どうぶつの森」のゲームソフトが、中国の通販サイトから購入できなくなっていると香港メディアなどが報じ、4月18日に、香港当局は違法なデモに参加した容疑で民主派の有力者を一斉に逮捕しました。

2020年5月下旬に開催された中国の最高権力機関「全国人民代表大会(全人代)」は、香港を対象とする「国家安全法」の制定を可決し、中国政府は8月にも新法を制定する予定と発表しました。

これにたいして、アメリカのトランプ大統領は「もし実現すれば、きわめて強力に対処する」と述べ、台湾の蔡英文総統は「香港の人々が台湾で移住し働くため、必要なサポートを提供する」と述べています。

さいごに

日本の安倍首相は、延期になっている習近平国家主席の国賓としての来日に気を使っているのかもしれませんが、「今日の香港、明日の台湾、明後日の沖縄」というように、中国の支配地域拡大はいわれています。

沖縄って・・・そんなバカな!と思うかもしれませんが、中国共産党の機関紙である「人民日報」では、2013年5月8日の社説で「沖縄の主権は、未だ決まっていない」と掲載しました。

2013年7月5日に開催された、中華人民共和国国営通信社の中国新聞社のフォーラムでは「今後2020年から中国は、台湾、ベトナム、インドとの戦争後、尖閣諸島と沖縄を取り戻すための「六場戦争」をおこなう」とする戦争計画を発表しました。

こんな状況下で、「在日米軍でていけ」とか「沖縄の在日米軍基地を縮小しろ」なんてよく言えますね。
こういった自称人権派の方たちこそ、中国政府による香港市民への弾圧を頑張って阻止すればいいと思うのですが・・・。

おすすめの記事