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エルサレム問題とは
少し前にアメリカのトランプ大統領が、約70年にわたる外交政策の転換をし、聖地エルサレムをイスラエルの首都として承認しました。
それにともない、アメリカ大使館もテルアビブからエルサレムに移転する計画を命じ、イスラエル独立宣言70周年にあたる2018年5月14日エルサレムのアルノナにアメリカ大使館を開館しました。
この出来事は世界に衝撃を与えます。
EUをはじめ、世界各国がトランプ大統領の決定を非難し、国連の安全保障理事会でもアメリカの決定を非難するよう提案がされたのですが、14対1の票決後にアメリカ政府は常任理事国として拒否権を行使しました。
とくにこの決定を不服としたイスラム圏国家は、強くアメリカの決定を批判し、一部のイスラム教スンナ派組織は、イスラエルに向けて約30発のロケット弾を発射しています。
ユダヤ教にとってのエルサレム
イスラエル、つまりユダヤ教にとってエルサレムは、古代エルサレムに存在したユダヤ教の礼拝の中心地だったエルサレム神殿が置かれていた場所であり「ユダ王国(紀元前10世紀から紀元前6世紀にかけて古代イスラエルに存在した王国)」の首都があった場所ですので、イスラエルはアメリカの決定を大歓迎しました。
ちなみにユダ王国という国名は、旧約聖書の創世記に登場するヘブライ人の族長ヤコブの子であったユダの名前に由来していますし、日本でも有名な「嘆きの壁」は、西暦70年にローマ帝国がエルサレム神殿を破壊した時の外壁の一部が残されたものです。
キリスト教にとってのエルサレム
キリスト教にとってエルサレムは、イエス・キリストが教えを述べ、そして処刑され、埋葬され、復活したとされる場所であり、イエスが十字架を背負って歩いたという長さ500mの「悲しみの道」の先には「聖墳墓教会」があります。
イエスの死後300年たってから、この地で十字架が発見され、イエスの十字架だと信じた人々が、ここに建てた教会が「聖墳墓教会」であり、イエスが十字架にかけられて処刑された「ゴルゴダの丘」は、この教会の中にあります。
イスラム教にとってのエルサレム
イスラム教にとってエルサレムは、イスラム教の開祖であり、モーゼ、イエスに続く、最後にして最高の預言者とされているムハンマドが、一夜のうちに昇天する旅を体験した場所とされています。
イスラム教の聖典であるコーランでは、メディナ(現サウジの中西部)に居住していた時代のムハンマドが、神の意志により「聖なるモスク」すなわちメッカ(イスラム教最大の聖地でメディナの約500㎞南)のカアバ神殿から一夜のうちに「遠隔の礼拝堂」すなわちエルサレム神殿までの旅をしたと語っています。
伝承によりますと、このときムハンマドは、エルサレムの神殿上の「岩」から天馬に乗って昇天し、神の御前に至ったとされていて、この岩を守るために「岩のドーム」が建てられました。
このようにイスラム教にとってのエルサレムは、預言者ムハンマドが生をうけた「メッカ」と墓がある「メディナ」に続く、第三の聖地といわれています。
3宗教の相違点
ユダヤ教とキリスト教
この3宗教のなかで最も歴史が古いのが「ユダヤ教」です。
ユダヤ教は、選民思想やメシア(救世主)信仰などを特色とするユダヤ人の民族宗教で、天地の創造者である唯一神ヤハウェ(アドナイやエホバとも呼ばれる神)を奉じて、この神が、ユダヤ民族を自らの選民にしたと信じられ、紀元前20世紀頃にカナン(パレスチナ)に移住した民族の祖アブラハムが開いた宗教です。
その後、紀元前13世紀にモーゼがシナイ山で神から賜ったとされる十戒によって、現在の形につながる宗教として確立していき「旧約聖書」を唯一の聖典としています。
キリスト教は、もともとユダヤ教徒だったイエスを信仰している宗教で、罪を悔い、信仰と行動を通してイエス・キリストを神、救い主として受け入れることにより、個々人が救済されると信じられています。
イエスは「ヤハウェの子」や「救世主」などを自称したため、裁判にかけられたあと、ローマ総督府に引き渡されゴルゴタの丘で磔刑に処せられたのですが、十字架から下ろされ墓に埋葬されたのちに、3日目に復活し、大勢の弟子たちの前に現れ、肉体をもった者として復活したと聖書の各所に記されています。
イエスの処刑後は、弟子たちが各地で布教をおこない、その内容がキリスト教徒の手によって「新約聖書」としてまとめられました。
このように、キリスト教はユダヤ教の弟的な宗教であり、キリスト教の経典は「旧約聖書」と「新約聖書」の二つが使われています。
現在のユダヤ教国家であるイスラエルとキリスト教徒の多い欧米諸国は、良い関係を築いていますが、イエスを処刑したのはユダヤ人であったため、長きに渡ってユダヤ人に対する差別や迫害が起こってきました。
中世頃までは、ヨーロッパのキリスト教徒(カトリック)階層のリーダーたちは、 すべてのユダヤ人はイエスの処刑の責任を負うべきで、ローマ人による神殿の破壊とユダヤ人の分散は、過去の宗教上の罪と、ユダヤ人が自分たちの信仰を放棄してキリスト教信仰を受け入れなかったことに対する罰であるという教義を発展させ、固定化させていました。
この時代のユダヤ人に関する作り話の中には、様々な中傷がありましたし、14世紀にヨーロッパに広まり数百万人が亡くなった疫病である「ペスト(黒死病)」は、ユダヤ人の冒とく的で悪魔のような振る舞いに対する神の天罰であり、ユダヤ人によって運ばれたものだと一部の聖職者は教え、一部の教区民はそれを信じましたので、各地で迫害が起こっています。
現在では、キリスト教徒によるユダヤ人への極端な迫害はありませんが、キリスト教とユダヤ教の関係は、実はそれほど良いわけではありませんし、イスラエルのインターネットでは「クリスチャンを追い出せ」という意見と「唯一の友人を敵に回してどうする」という意見を、ユダヤ人同士で激しく戦わせています。
キリスト教とイスラム教
イスラム教が成立したのは7世紀といわれていますので、この3宗教のなかでは一番新しいものになります。
イスラム教の経典としては「コーラン」が有名ですが「旧約聖書」や「新約聖書の4福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)」もイスラム教にとって大切な経典とされています。
イスラム教徒のイエスにたいする認識は「最も重要な予言者の1人で、神ではなく人間」であり「磔刑に処せられそうになったが奇跡的に救われた」というものです。
イスラム教の教えでは、開祖でありコーランを伝承した最高預言者のムハンマドも、最高には位置づけられていますが、あくまでも預言者であり、信仰しているのは神であるアッラーです。
そしてこのアッラーは、ユダヤ教やキリスト教でヤハウェと呼んでいる神と呼び方が違うだけで同じ神を指しています。
一方でキリスト教徒からすると、聖書の中にムハンマドについて記述した部分も暗示した部分も存在しないと信じていますし、イエスは神の子と考えられてますから、そのあとの天啓は余分な異端だという考えになります。
そのためキリスト教保守派の一部からムハンマドは、偽の預言者や反キリストと見なされています。
具体的には、コーランでは「これがマルヤムの子イーサー(イエスのこと)。みながいろいろ言っている事の真相はこうである。もともとアッラーにお子ができたりするわけがない。ああ、恐れ多い」と記述されていますし、キリスト教のヨハネによる福音書には「偽り者とは、イエスがメシアであることを否定する者でなくて、だれでありましょう。御父と御子を認めない者、これこそ反キリストです」と記述されています。
そしてイスラムの律法的側面は、ユダヤ教から受け継いだものであるとされていますし、ユダヤ教の旧約聖書にはコーランと同じ預言者が記されています。
スンナ派とシーア派
キリスト教にもカトリックやプロテスタントがありますし、仏教にも真言宗や浄土宗があるように、イスラム教にも大きく分けて二つの宗派が存在しています。
それが「スンナ派」と「シーア派」と呼ばれるものですが、全世界のイスラム教徒の約90%は「スンナ派」だと推定されています。
「シーア派」が圧倒的多数を占めてる国はイランだけであり、他のアラブ諸国で「シーア派」が半数前後を占めているのは、イラク、イエメン、レバノンぐらいであり、それ以外の国では、ほとんどが「スンナ派」です。
この2つの宗派は、教義などには大きな違いはなく、お祈りの作法や回数などが少し違うだけですので、宗派対立の多くは経済的な利権争いだといわれています。
しかし、争いの歴史は古くまでさかのぼることになります。
そもそも「スンナ派」と「シーア派」が分裂した原因は、7世紀に開祖ムハンマドが亡くなったことで起こった世継争いだからです。
開祖ムハンマドと血のつながりがあるものが、最高指導者となるべきだとしたのが「シーア派」であり、血のつながりには関係なく、皆の話し合いで選出すべきだとし、その際にムハンマドの教えである「スンナ(慣行)」を重視すべきだと考えた人たちがスンナ派を構成しています。
さいごに
聖書の預言者アブラハムの宗教的伝統を受け継ぐと称するユダヤ教、キリスト教、イスラム教という「アブラハムの宗教」をそれぞれ解説してきましたが、いかがだったでしょうか。
石油利権がでてくる前の時代は、キリスト教徒によってユダヤ人が迫害されていたのが、現代では「敵の敵は味方」であり「敵の味方は敵」という理屈からなのか、中東では問題が尽きません。
とは言ったものの、現在発生している中東での問題や争いも、宗教や宗派の争いというより、利権などを巡る争いと言えますので、当分こうした争いは無くならないのではないでしょうか。