総領事館の閉鎖合戦

2020年7月21日にアメリカ国務省は、中国共産党政府がスパイ活動、及び知的財産の侵害をおこなっているとして、テキサス州ヒューストンにある中国総領事館を72時間以内に閉鎖するよう命令を下しました。

これを受けた中国政府は、7月22日に中国外務省の汪文斌報道官が会見で、「米国が誤った判断を直ちに撤回するよう促す。そうでなければ、中国は正当かつ必要な措置を取る」という発言をし、実際、中国政府は7月24日に、四川省成都にあるアメリカ総領事館を72時間以内に閉鎖するという命令を下しました。

アメリカ政府は、新型コロナウイルスのワクチン開発の件でも、中国がサイバー攻撃やスパイ行為を働いていたとしていますし、退去命令が下されたヒューストンにある中国の総領事館では、大量の書類が燃やされている映像もありますので、これはアメリカに分があると言えます。

対して中国政府が取った報復措置である、成都のアメリカ総領事館の閉鎖ですが、これには「本気でアメリカとは揉めたくないが、舐められすぎるのも困るし、どうしたものか?」という、外交心理が働いています。
中国の成都は「チベット自治区」に面していまして、閉鎖されたアメリカ領事館では「ウイグル自治区」などの情報収集活動(強制収容所や核施設関連の情報収集)がされていたとみられていますが、他の地域の総領事館でも代替可能ですので、アメリカへの実害はあまりないと見られています。

成都の総領事館を選んだ理由

中国にあるアメリカの在外公館としては、北京に大使館があり、総領事館は、瀋陽、広州、上海、武漢、香港と、今回の件で閉鎖された成都があったのですが、もしも、中国が本気でアメリカに怒っているなら「香港総領事館」を選んでいたはずです。

大使館の閉鎖は、国交断絶を意味し、戦争開始の合図にもなりかねませんので、問題外ですが、政治・経済的な意味からアメリカにインパクトを与えれたのは(もちろん、中国側にも大きなダメージがありますが)、広州、上海、香港の3つの総領事館になります。
とくに最近では、香港での騒動に世界の注目が集まっていますし、香港アメリカ総領事館は、中国側から「香港民主化デモ」に関与し、中国共産党支配の弱体化を目論んでいたのではないか?という疑念がもたれていましたので、香港ではなく成都を選んだということは、「まだ本気ではない」ということになります。

こうしたやりとりを欧米では、「カブキ・プレー(派手に見えるが中身のない芝居がかった政治の意)」と呼んでいます。
欧米人の歌舞伎にたいする認識はさておき、要するにアメリカのトランプ政権は、大統領選挙への対策として対中強硬路線のポーズをとっているだけであり、中国もそれを理解していると見られていましたが、どうやら事態はもう少し悪化しそうになっています。

ニクソン図書館での演説

2020年7月21日に下された、テキサス州ヒューストンにある中国総領事館を72時間以内に閉鎖する命令に続き、7月23日には、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官がカリフォルニア州にある「リチャード・ニクソン図書館」にて、中国を批判する歴史的な演説をおこないました。

これまでにも他の記事で、アメリカのトランプ政権の中枢には中国強硬派(ポンペオや解任されたボルトンなど)がいると書いてきましたが、トランプ自身は経済的優位性を望んでいるだけであり、本気で中国と戦争するなんてことは考えてなかったはずです。

その証拠にトランプ大統領は、中国批判の主張をおこなうたびに、「でも、習近平国家主席とは友人だ」というフォローを欠かしませんでした。
これは、一党独裁の国家にたいしては、とても重要なことで、例えば、北朝鮮を批判することと、金正恩委員長個人を批判することの違いであるのですが、後者の場合は命が確実になくなります。
もう少し例を挙げるなら、日本の場合でも、他の国家(主に隣国)や、左派の政治家(辻元など)から「天皇陛下」を侮辱されると、通常の反日発言の時よりも、反発が強くなる可能性が高いということです。

そうした事情から避けられていた、習近平国家主席への個人批判が、ポンペオ長官の演説でおこなわれました。
このポンペオ演説以前では、2018年10月にペンス副大統領がおこなった中国批判演説が有名ですが、この時でも、習近平にたいする個人批判はされていません。

つまり、今回のポンペオ演説は、今までに比べてあきらかに「一線」を超えたものであり、「次の大統領が誰になろうと、これからのアメリカは習近平政権と正面から対決していく」というニュアンスが込められています。
※このポンペオ演説に民主党は反対姿勢をみせておらず、同意してるとみられています。

また、ポンペオ長官が「リチャード・ニクソン図書館」を演説の場として選んだのは、ニクソン元大統領が米中国交正常化の功労者であることから、「ニクソン大統領によって始められたアメリカの半世紀にわたる対中政策を見直す」という宣言の場にふさわしかったためです。

ポンペオ演説の中身

この演説は長いものでしたので要点を絞って、主なものだけ紹介します。

「対中関与政策から50年を経て、アメリカ人が目にさせられているものは何か? アメリカの歴代政権が目指した中国の自由と民主への進化が実現しているか?」

「もしもわれわれが自由な21世紀を望むなら、そして習近平が夢見る中国の世紀にならないことを望むなら、やみくもな対中関与という旧いパラダイムは何もなさないだろう。」

「中国人にこぶしを振り下げてみたら、われわれが目にしたのは中国共産党がわれわれの自由で開かれた社会を悪用したことだった。中国はアメリカの記者会見、研究所、高校や大学、果てはPTAの会合にまでプロパガンダを送り込んだのだ。」

「ニクソン大統領はかつて、世界を中国共産党に明け渡した時、フランケンシュタインを作ってしまったかもしれないと恐れた。だがいま存在しているのが、まさにそれだ。」

「中国共産党の体制はマルクス・レーニン主義の体制であり、習近平総書記は破綻した全体主義思想の信奉者であるということに、われわれは心を留め置かねばならない。」

「われわれは、アメリカ国民とそのパートナー国が、中国共産党をどう認識するかということを変えることから始めねばならない。」

「あまりに多くの中国人学生やビジネスマンが、ここへ来て知的財産を盗み、自国に持ち帰っている。」

「真実を話さねばならない。中国という化身を、他国のように普通の国として扱うことはできないのだ。」

「何十年にもわたって歴代のリーダーたちはこうしたことを無視してきたが、われわれはもはや無視しない。」

「われわれが許さない限り、習総書記は中国内外で、永遠に暴君でいられる運命ではないのだ。」

「確かに、リチャード・ニクソンは1967年、正しいことを書いた。『中国が変わるまでは世界は安全にならない』。いまこそこの言葉に心を留めるべき時だ。」

というのが、主な発言内容となっており、かなり過激な中国批判と習近平批判をおこなったのですが、この発言に対する中国の反応は、さらに驚くべきものでした。

ポンペオ演説への反応

戦狼外交を標榜している中国のことですから、烈火のごとく猛反論をすると思わたのですが、「現在直面している困難は、完全に米国が一人で引き起こしたことだ」と主張し、「正しい知恵と独立精神がある国は、それ(米国)と仲間になることはないだろう」と述べるにとどまり、成都の総領事館の閉鎖を粛々とおこなったのです。

また、「外交問題評議会(CFR)」というアメリカのシンクタンクを含む超党派の組織(陰謀論の世界ではアメリカ政府を牛耳っていると言われている組織)があるのですが、ここの会長も「ポンペオ演説」にたいして、批判的な見解を述べています。

CFR会長は、「中国とは対立するのではなくて、アメリカは中国と協調して、一緒に世界的な問題(北朝鮮の核、アフガニスタン問題、地球温暖化)を解決すべき」と主張し、「ポンペオは『今こそ中国を変えるべきだ』と言った。しかしトランプ政権はTPPから離脱した、しかしこのTPPこそが、中国を変える絶好の機会だったんだ。それを自ら離脱しておいて、なにを今から中国を変えるなんて言ってるんだ。」とも述べています。

ちなみに、CFR会長の意見は、グローバリストの立場から述べられたものであり、反グローバル化の代表者でもあるトランプ政権と相容れないのは、当然ではあります。

2018年の3月に国家主席の任期を撤廃し、「半永久政権」への道筋をつけた習近平ですが、あくまでも任期が撤廃されただけで、国家主席の座に居座るには、中国共産党長老たちの支持(現政権の中枢には反習近平派は、存在しません)が必要となってきます。

そして、今回のポンペオ演説によって、「トップを替え、国家体制を替えなければ、戦争も辞さない」というアメリカの方針が示されました。
これにより、2022年の秋に開催され、総書記再任予定だった「第20回中国共産党大会」において、長老を含む幹部たちは、「習近平とともに突き進む拡張主義」か、「新たなリーダーと歩む西側諸国との協調路線」かの、2択が迫られたというわけです。

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